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記事一覧

 生月学習講座 目次


生月学習講座目次

No.168 サナボリ
No.167 かくれキリシタンの教義理解
No.166 殿山の城
No.165 明治初頭のキリシタン禁制
No.164 松浦隆信(宗陽)の時代
No.163 映画「沈黙」で紹介された生月島
No.162 手形切り・鼻切り
No.161 元触集落のかくれ信仰の組
No.160 遠藤のかくれ認識
No.159 サンジョワン様の唄再考
No.158 火縄銃と捕鯨銃
No.157 禁教末期の弾圧とその影響
No.156 ウンカ
No.155 キリシタンの他宗排斥
No.154 三界萬霊塔
No.153 ホウニンサン・ヤンボシサンの役割
No.152 益冨家恵比須神社とクスノキ
No.151 禁教時代の理解
No.150 欧米捕鯨業と益冨組
No.149 かくれキリシタンの屋祓い行事
No.148 殉教と潜伏
No.147 キリシタン史における生月島・平戸島西岸の価値
No.146 キリシタン信仰と安満岳
No.145 網掛突取法
No.144 「カッツ」考
No.143 聖水を薬に用いる事
No.142 壱岐に進出した益冨組の足跡
No.141 澤田美喜女史の生月島訪問
No.140 益冨組以前の生月島での捕鯨
No.139 生月島民の安満岳信仰
No.138 百万遍
No.137 かくれキリシタンの元日行事
No.136 聖母子と二聖人
No.135 聖水の採取と保持
No.134 かくれキリシタンの農耕行事の起源
No.133 鯨銛考2
No.132 漁業を紹介する
No.131 サンジョワン様の唄
No.130 籠手田と黒田
No.129 ぐるりよーざ
No.128 江戸時代の接遇空間
No.127 大洋路の確立
No.126 イスズミ
No.125 御成門
No.124 七郎2
No.123 舘浦恵比須神社
No.122 方言研究史
No.121 かくれ名称考
No.120 鯨銛考
No.119 オラショの唱え方
No.118 オラショの継承
No.117 七郎1
No.116 生月弁2
No.115 益冨家の座敷
No.114 江戸時代の鮪漁
No.113 司馬江漢が食べた生月島の料理
No.112 春日と舘浦
No.111 キリシタンの墓2-埋葬形態-
No.110 網の素材と鯨網
No.109 かくれキリシタンのお葬式
No.108 キリシタンの組
No.107 勢子船
No.106 タキモンの話
No.105 勢子船考 その1
No.104 オテンペンシャ
No.103 かくれキリシタンとは何か
No.102 禁教制度と踏絵
No.101 司馬江漢の生月島滞在
No.100 昔の牛飼い
No.099 正保の弾圧と千人塚
No.098 ハザシの名称とその起源
No.097 須古踊りの起源
No.096 キリシタンの墓地
No.095 最後の遣唐使と「生月」の初見
No.094 カミロ神父の生涯
No.093 鯨組の納屋場
No.092 壱部番岳の経筒
No.091 益冨家の出自
No.090 エトロフ島に出向いた益冨組の羽指
No.089 港市「平戸」と生月
No.088 生月島の鯨食文化
No.087 鯨肉調味方
No.086 聖母子像の乳房
No.085 舘浦盆踊り考3 ー傘鉾ー
No.084 テントブネ
No.083 池 祭
No.082 カミロ神父と中江ノ島の殉教
No.081 アメリカと平戸における捕鯨銃の運用法
No.080 江戸時代、生月島内の石垣
No.079 かくれキリシタンのクリスマス行事
No.078 生月島とシイラ
No.077 益冨家住宅の構造
No.076 ガスパル西玄可の殉教
No.075 御崎の歴史
No.074 家庭の盆
No.073 生月島民の戦争体験7 フィリピン沖海戦の記憶
No.072 生月島、平戸西岸のかくれキリシタンの組織
No.071 明治前期の生月島の産業について
No.070 生月島まき網船団の消長
No.069 ヴィレラ神父の籠手田領一斉改宗
No.068 ガーゴ神父の布教
No.067 ザビエル神父の平戸来訪
No.066 籠手田氏・一部氏の退去
No.065 大江戸鯨太左衛門巡り
No.064 野祓い
No.063 明治時代の大敷網
No.062 舘浦須古踊りアビャゴの起源
No.061 御前様の祀り方
No.060 満州からの引揚
No.059 アルメイダ修道士とトルレス神父
No.058 平戸銃
No.057 風止めの願立て・願成就
No.056 波戸漁民と生月島の定置網
No.055 二度と還らなかった船団
No.054 天気のことわざ
No.053 定置網で鯨とり
No.052 船祝いと中江ノ島
No.051 生月島に回遊してきた鯨の種類
No.050 生月弁
No.049 生月島と近代捕鯨
No.048 昔のアゴ網
No.047 積石工ふたたび
No.046 生月積石工の活躍
No.045 生月鯨太左衛門の伝説
No.044 生月の地質
No.043 生月という地名
No.042 松本大敷
No.041 子供達の正月行事
No.040 山見の話
No.039 三回まわり
No.038 高麗島の伝説
No.037 一部領の一斉改宗
No.036 御崎の牧
No.035 御爺役の起源
No.034 御崎の要塞
No.033 鯨唄の交流
No.032 生月島巾着網仕事始め
No.031 伴天連追放令と生月島
No.030 福田浦の海戦
No.029 牛神様
No.028 舘浦須古踊り
No.027 河童の像と猿の像
No.026 羽矢銛・萬銛・剣
No.025 マンボウ
No.024 テントブネの建造
No.023 ソロモン諸島の海戦に参加した生月人
No.022 蔵人の仕事
No.021 まき網船団の対馬出漁
No.020 宴席文化
No.019 スキヤキのルーツは生月島?
No.018 シャーギ・シャーハギ
No.017 キリシタン時代・舘浦・山田の教会の所在地を推理する
No.016 お墓の話
No.015 おくんちの御神幸
No.014 アメリカ軍がやってきた
No.013 中学生達が学んだ島の歴史
No.012 大敷網
No.011 大型ため池の築造
No.010 双海船漁夫の故郷・田島
No.009 戦争と生月島
No.008 島民の戦争-中国戦線の記憶
No.007 生月人とお酒
No.006 石垣なら任せとけ
No.005 鯨とりは今も
No.004 鯨から鰯へ
No.003 演劇島いきつき
No.002 カツギ漁
No.001 あるかくれキリシタン研究者の生涯

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