島の館トップページアクセス・駐車場


記事一覧

 生月島の食鯨文化

生月島の食鯨文化


生月島で専門的な捕鯨が行われた、もしくは生月の人が捕鯨業に従事したのは昭和初期
頃までだが、食鯨文化は生月にしっかりと根をおろしている。
 例えば、堺目集落のかくれキリシタン信徒が正月に行っている行事「御名代」では、御
神体を持った役職者が信徒の家をお祓いした後、座敷に通されて家の人から接待を受ける
が、料理を観察していると、神様に届ける酒と刺身以外に、必ずと言ってよいほど鯨かマ
ンボウの料理が出ている。出された鯨料理で多いのは「鯨皮の湯引き」やマメワタ
(腎臓を煮込んだもの)だが、赤身の刺身が出たところもある。
昔は、各家で皮身を塩漬けにして長期保存していたため、湯引き鯨は、他に肴
が無いときにも用意できる便利な食材でもあり、昔から様々な行事の際の定番だった。特
に結婚式の際は、集落の若衆が新婦などを誉めるタリツリという行事が行われていたが、
その時お礼に渡す肴も鯨の湯引きが多かったという。
 また、様々な行事に欠かすことの出来ない料理として、鯨の皮身入りのなますがある。
大根や人参の千切りを入れて酢をかけたなますに、皮身の切片を混ぜるのだが、味にこく
が出てしっとりと落ち着く。
 江戸時代後期に書かれた『鯨肉調味方』は「鋤焼」という名称の初見とされているよう
だが、説明を読むと焼いた鋤の上で焼くとあり、どちらかというと焼肉に近いような印象
を受ける。料理としての今日の鋤焼に近いものは煎焼と書かれているもので、鍋の中で赤
身を焼き、野菜と一緒に煮込む。益冨組の本拠地だった壱部浦の鎮守・白山神社の役員会
では、今でも鯨の煎焼をつくるという。味は牛肉の鋤焼と変わらず、脂があっさりしてい
る分食べやすくさえある。
 生月島には現在も鯨食嗜好は根強く残っているため、島民はスーパーなどで売られてい
る高い冷凍鯨肉を買ってまで、祝いの席などには鯨料理を欠かさない。