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 組織

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生月では、農業集落の壱部、堺目、元触、山田にかくれキリシタンのまとまった集団が
あり、現在も盛んに行事が行われている。一方漁業集落の壱部浦、舘浦においては組織の
解体が進み、信仰という色彩も失われつつある。総じて1998年初頭における生月町の
総人口約8,500人のうち、かくれ信徒は千人程度と考えられている。
 前述の4集落にはそれぞれいくつかの垣内、津元と呼ばれる組がある。垣内は現在多い
ところで30軒以上、少ないところで2軒という所もあるが、昭和初期には70軒以上と
いう例もあったようだ。垣内はそれぞれ御前様と呼ばれるご神体を奉じ、それを祀る家を
津元や宿、その家の主人で御前様を祀る者を親父役や御番主という。なお垣内に付随して
御爺役(おじやく)というお授け(洗礼)を行う役がある。御爺役はその職にある間、女性と交わる事を
禁じられ、また穢れを嫌うため洗濯も別に行う等様々な規制がある。
 垣内は、さらに複数のコンパンヤまたは小組と呼ばれる組に分かれるが、そこでは御神
体としてお札様を祀り、それを祀る家の主人を「み弟子」と言う。ここでは定期的にコン
パンヤの人々が集まってイタダキまたはオシカエと呼ばれる行事が行われる。またみ弟子
は、津元で行われる信仰行事に役中という職名で参加し、津元行事を実質的に運営する。
 壱部では、津元は特別の事情がない限り一軒の家が受け継ぐ形を取る。堺目も昔は同じ
だったが、今から20年ほど前に、三つの津元がお堂に合祀する形に変わった。元触、山
田では2~5年ほどの周期で宿が移動し、親父役が交代する。またコンパンヤの宿も定期
的に移動し、それにつれてみ弟子(役中)の交代が行われる。
 また垣内とは別に、御神体や殉教者を祀る講も存在する。堺目の幸四郎講、山田
のダンジク講などである。