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 生月学講座No.170 「犬のいる風景画」

生月学講座:『犬のいる風景画』は生月松本の風景

 司馬江漢『犬のいる風景画』(千葉市美術館蔵)は以前『日本風景図』と呼ばれた、縦30.0センチ、横106.2センチの横長の絹本油彩画で、江戸時代の西洋画家・司馬江漢が寛政年間(1789~1801)後半に描いた作品とされています。
 絵には、海に面して2本の石積みの突堤で作られた港と、港に面して建てられた納屋が描かれ、海の向こうには山々が描かれています。また片方の突堤上には、細い柱を組んだ櫓のような施設が設けられています。具体的にどこの風景を描いたのかが分かる史料は残っておらず、司馬江漢研究者の成瀬不二雄氏は、『司馬江漢 生涯と画業』の作品篇の解説に、「燈台のある海辺の港を描き、彼の風景画によく登場する種類の犬や石材も配されている。実在の場所に粉本構成も加わっているだろうが、どこを描いたのか筆者にはにわかに決めがたい。」と記しています。この絵については平成11年3月刊行の『島の館だより』3号で、生月島の松本から眺めた風景が基になっている可能性を指摘していますが、最近、読売新聞でもこの事を取り上げていただきました。
 この絵について検証するためには、まず絵を左右反転にする必要があります。そして松本から眺めた風景に当てはめていくと、いくつか省略された風景の対象もありますが、絵の中に描かれた存在については全て風景の中で確認できます。遠景の(反転上)右端にあるぎざぎざの稜線を持つ高山は安満岳(標高535m)から城山にかけての山地で、その左にある富士山のような形の山は、古江半島の先端の小富士山(標高217m)と思われます。さらにその左後方に描かれている二つの連山は、平戸島北端の大久保半島や、度島、的山大島の連なりと思われます。
 一方、遠景左の突き出たような山頂を持つ山は、生月島中部にある壱部番岳(琵琶岳、標高116m)です。実際の山容は、緩斜面から三角形の山容が突出しているように見えており、また松本からは小さな岬の影に隠れて見えませんが、松本の沖合や、松本から少し南に下った地点から北方を眺めると良く見えます。
 近景の建物と、2本の突堤、船かがりについては、松本大敷網の納屋と、前面の突堤、船下ろしを南側から眺めた風景と合致します。現在、松本大敷網(定置網)の納屋は壱部浦の埋め立て地に移設されていますが、今から20年前には絵の場所にありました。突堤については、現在も片側の石積み突堤は現存していますが、以前はもう片方にも石積み突堤が存在した事が聞き取りで確認されています。問題は成瀬氏が灯台とした櫓ですが、西海各地の事例では灯台は燃えにくい石灯籠型で、本図のように木を組んだ櫓状のものはありません。この櫓は、江漢が『西遊旅譚』の中でも多く紹介している大敷網の鮪見楼とした方が妥当です。
彼は、天明8年(1788)12月から翌寛政元年(1789)1月にかけて生月島に滞在し捕鯨の様子を見学していますが、12月8日には松本で大敷網の鮪漁を見学しています。『犬のいる風景画』は、その際に描かれたスケッチを反転して描かれた事が考えられるのです。 2017.9