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 生月学講座 No.163「映画「沈黙」で紹介された生月島」

生月学講座:映画「沈黙」で紹介された生月島

今年(平成29年)1月から、マーティン・スコセッシ監督が制作した映画「沈黙」が公開されています。外国人が日本の、特に徳川以前の時代を紹介する場合、変わったイメージになる場合も多く、キリスト教についても欧米人特有の認識や理解があるため心配な所もありましたが、違和感は全く無く、また日本映画でありがちなイデオロギー臭さやステレオタイプ的イメージも無く、原作を忠実に映像化した名作だと感じました。
 小説『沈黙』にはトモギ村、五島とともに生月島の名称が登場しますが、映画でもその設定は踏襲されています。映画(小説)では、信者は仏教に関与しながらキリシタン信仰を続け、ロドリゴ達宣教師が来るとミサや告解を受けています。かくれキリシタン信仰の定義は①キリシタン信仰の形態を継承、②他宗教・信仰の並存、③非信者に信仰を秘匿、④全く新規の入信は無い、⑤宣教師を欠くなどで、映画(小説)の設定は①~④に該当しますが⑤は該当しない形で、かくれ信仰への過渡期の状況と捉えられます。
 映画では、ロドリゴとガルペが最初に上陸したトモギ村で、じいさま(慈悲役)が赤子に洗礼を授け、その後ロドリゴも洗礼を行うシーンがありますが、その際には日本語の洗礼式文が用いられており、生月島壱部のかくれ信仰の「お授け」で唱えられる文句と同じです。但し日本語洗礼式文は、布教初期から、宣教師が居ない場合に日本人の慈悲役が用いた形のようで、外国人宣教師の場合にはラテン語式文を用いたと考えられ、トモギ村のモデルである外海のかくれ信仰でもラテン語式文で洗礼を行っている事から、映画で設定された禁教初期にも実際はラテン語式文が用いられたと思われます。
 五島でロドリゴが村人に聖具を分ける場面と、トモギ村で役人がやってくる場面では、生月島壱部のかくれキリシタン信者の皆さんが実際に唱えたオラショ(ゴショウ)の「ウラウラ」と「グルリヨーザ」がBGMで流れます。これについては平成27年11月に島の館でオラショの公演が行われた際の映像がユーチューブで紹介されていて、その音声が撮影(投稿)者と信者の了解を取った上で使用されたものです。また捕らえられたロドリゴが長崎奉行所で役人の吟味を受けた際、一緒に捕らえられていた生月島民のキリシタン信者達(加瀬亮や小松菜奈が演じていた)が牢屋から唄オラショを歌う場面があり、小説では生月島山田の日本語唄オラショ「ダンジク様の唄」に似た歌でしたが、映画では同じ山田のラテン語唄オラショ「うぐるりや」が出演者達によって歌われています。
 なお井上奉行が生月などのかくれ信仰について「元から離れて得体の知れぬものとなっていく」と語る場面がありますが、基本的には小説制作当時(昭和41年)のかくれ信仰の研究レベル(禁教期変容論が主流)の反映として捉えられます。
映画制作段階の平成21年(2009)2月には、美術監督のダンテ・フェレッティー氏らが島の館に取材に訪れ展示を見学されましたが、特に昭和初期に撮影された信者や信仰の古写真を興味深く見られていました。また同年3月にスコセッシ監督が長崎に来られた際には、当時西日本新聞平戸支局に居られた田中記者の仲介で、生月島山田のかくれ信者である船原正司氏が、外海の遠藤周作文学館で監督とお会いされています。 2017.2