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 生月学講座 No.132「漁業を紹介する」

 最近、生月の地域協議会で、平戸市内の漁業を分かりやすく紹介する展示を、島の館のシーファンタジックアリーナに作ってはどうかという御意見を出して頂いたと伺い、感謝する気持ちとともに、これまで漁業の展示を充実できてこなかった事に、申し訳なく思う気持ちもあります。言い訳に過ぎませんが、生月島には、日本最大規模の益冨組の捕鯨業や、布教当時のキリシタン信仰の要素を残すかくれキリシタン信仰など、世界的に通用する文化要素があって、そうした分野の調査・研究に相当の時間を取られた結果、漁業の研究について少しずつしか進められなかった部分もあります。

 水産県を標榜する長崎県ですが、県内を見ても、漁業を紹介する施設は殆ど無いのが現状です。理由はいろいろ考えられますが、特に、漁業を紹介する施設や展示の建設・製作に対する農林水産省などの補助メニューが無い事や、各地方の漁業についての研究も盛んでなく研究者も殆どいない事、行政もその分野に対応できていない事などが上げられます。結果的に漁業に関する本の刊行なども僅かで、巾着網(まき網)や定置網について勉強しようとしても、参考文献が殆ど無いのが現状です。これで水産業の理解や、海の環境保全、漁業後継者の育成などが進むとは到底思えません。

 かえって江戸時代や明治時代の方が、漁業について紹介した書籍・刊行物がよく出されています。特に盛んだったのが捕鯨についてで、平戸では早くも享保5年(1720)に、『西海鯨鯢記』という当時の捕鯨について纏めた本が、谷村友三によって制作されていますが、本書は後に制作される『鯨記』や『鯨史稿』などの本にも大きな影響を与えています。さらに18世紀後期以降になると、捕鯨の様子を図と文で紹介した捕鯨図説の制作が各地で盛んになりますが、生月島関連でも、江戸の西洋画家・司馬江漢が寛政6年(1794)に刊行した旅行記『西遊旅譚』の中に、当時の益冨組の捕鯨の様子が遠近法を用いて詳しく紹介されている他、大敷網での鮪漁などについても紹介されています。

 江戸時代の捕鯨図説の中で最良と言われるのが、益冨又左衛門が天保3年(1832)に制作した木版単色刷りの図説『勇魚取絵詞』です。本図説の上巻では、生月島で行われていた捕鯨の、準備から組出し、捕獲、解体・加工、ハザシ踊りの紹介までが20枚の絵と文章で詳しく解説され、下巻では、鯨の種類や部位と、捕獲・解体に用いられる様々な道具が紹介されています。また付属して作られた『鯨肉調味方』には、産地ならでわの様々な鯨の部位を用いた料理が網羅され、まさに鯨の捕獲から加工、消費までを総覧する捕鯨業の総合的な解説書となっています。『勇魚取絵詞』を見た人は、捕鯨業についておよその理解ができ、そのような閲覧者がさらに様々な形で捕鯨について紹介した事で、多くの人が捕鯨や生月島について知る事となりました。島の館の捕鯨展示も、いわば『勇魚取絵詞』の立体版と言えるようなものです。2014.7

  『勇魚取絵詞』の存在は、産業の情報発信の意味や重要性を、よく教えてくれます。こうした情報発信に努めた生月の先祖様達の取り組みには、頭が下がるばかりです。